南湖の西岸に建つ掬月亭は、かつて庭遊びの拠点や饗宴の場として使われた建物です。格式ばった玄関が無く、沢山ある縁側のどれかから入るという独自の設計は、遊びの場としてカジュアルさを演出するため、また庭と建物を一体的に使うためなのでしょう。掬月亭という名前と、池の西に建ち東向きの眺めがよい構造から、月見を意識した建物だと想像できます
<掬月亭に言及した著作、掬月亭が登場する映像作品など>
・和風建築社 編 『伝統の昇華―本歌取りの手法 村野藤吾のデザイン・エッセンス 1』(2000年 和風建築社)
・中村好文 『意中の建築』 (2005年 新潮社)
・新建築2005年11月臨時増刊号/日本の建築空間 (株式会社新建築社)
・竹原義二『竹原義二の視点 日本建築に学ぶ設計手法』 (2023年 学芸出版社)
・窓の短編映画 Transition of Kikugetsutei (窓研究所)
全体は平屋の数寄屋風書院造です。屋根はこけら葺きという、薄い木の板を何枚も重ねる方法でできています。こけら葺きは耐用年数が20年程度しかありませんが、瓦葺きよりも屋根を軽くすることができます。屋根が軽量なため柱を細くすることができ、壁の少なさとあわせて軽快な印象となります
屋根の傾斜はゆるくしてボリュームを抑え、また軒先はシャープな印象となっています
「紫雲山を背景に、まるで巣の中の卵のように居心地良く収まっている」(中村好文『意中の建築』より)
掬月亭には壁が少なく、建具を取り払えば室内は半ば室外となり、開放的な雰囲気で庭を眺めることができます。中でも掬月一ノ間は開放的で、夏の間障子が取り払われると遮るものの(ほとんど)無い南湖の眺めを楽しむことができます
「軽快さと開放感、その極地ともいうべき建物がこの掬月亭である。建具を取り払うと庭が三方に広がる。庭の空気は室内に入り込み、ここに座るといつしか室内が庭と一体化していることに気付く」
(西和夫 『日本の建築空間』より)
掬月亭では縁側の内と外にそれぞれ柱がありますが、ある一点から見ると、外側の柱が内側の柱に隠れて見えなくなります
こうなるように、通常柱の間隔は一間ですが、縁側の外の柱は間隔が一間半になっています
内装は白い和紙と白木と黒漆が基調で、すっきりとしたものです。天井と壁に張られた白い和紙は、月の光を取り入れるためともいわれています
大きな床の間はこれもシンプルなもので、書院や天袋地袋も無く、違い棚もありません
掬月亭の内装にはもう1つ興味深いものがあります。初筵観と呼ばれる棟の床の間ですが、井桁格子に紋紗を貼り、向こうが透けて見えるようになっています。村野藤吾作「なだ万 山茶花荘」の床の本歌とする説があります
井桁格子と紗のディティールです
掬月亭には格式ばった玄関がありません。沢山ある縁側のどれかから入るというカジュアルな設計です。縁側は低く、建物の周囲ほとんど全体にあるのが、庭と建物が一体という感じがします
現在は管理上の都合で入り口を決めていますが、もともとは藩主が気軽に楽しむために、また招待客をくつろいだ雰囲気でもてなすためどこからでも入れるようになっていました
奇岩を使った蹲踞が複数あります
雨戸が角を回れるようにする仕掛です。これがあるおかげで、池側に戸袋を造らなくてもよくなり、視界が良くなります
寄棟造の建物が浅く接していること、棟の方向をそろえていることがわかります
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